Part1~Part10

ハーブの歴史 Part1

今回はいつものハーブ紹介とは違い、歴史にフォーカスした内容となっています。

どういった使われ方をしたのか、ハーブにまつわる珍事、聖書や伝承に登場するハーブなど人とハーブの関わりについてまとめた内用です。

過去からのメッセージ

突然ですが皆さんはミチヤナギPolygonum)というハーブをご存知だろうか?

このハーブは私達人類の歴史が始まる有史以前のヨーロッパでは欠かせないものでした。

ミチヤナギの種子はポタージュに欠かせない材料でそのことがわかったのはある発見があったためです。

それはデンマークで発見されたトルンド人胃の中にこの植物の種子があったことと関係しています。

その遺骸はなんと2000年近く前のもので湿地の中に横たわっており、非常に保存状態が良かったのです。

前提として、先住民が生き残るにはどの植物が食べられて危険かという知識が必要不可欠です。これを“ブッシュタッカー”といい、伝統的に受け継がれてます。

ブッシュタッカーとは?

古来から食材としてきた動植物のことで先住民のアボリジニなどが該当する。

賢明な開拓者や入植者たちの中にはこうした地元の食材の知識を食用ハーブのレパートリーに加えたり、母国へ持ち帰った者もいました。

ハーブという言葉

よく聞く“ハーブ”という言葉は薬用になるといった意味合いがありますが、かつてはもっと包括的な言葉でした。

そのハーブの知識を記録する方法は様々でメソポタミアでは粘土板エジプトではパピルス、ほかには羊皮紙など。

あるいは各植物の利用法を比較したものが編集されたりしていました。もちろん今と変わらず風味の良いハーブが好まれていました。

大プリニウス

ハーブの歴史を語る上で欠かせない偉人といえばこの人物です。

古代ローマ時代の年代記を編集した人物であり、観察者でもあった彼は『博物誌』を残しました。

しかし彼は起源79年に起こったヴェスヴィオ火山の噴火によって命を落としてしまったのです。

ですが彼の残した博物誌は後世に多大な影響を及ぼし、何世紀にも渡って多くの写本が作られました。

ときに神話要素を盛り込んだゴシップチックな内容でもありましたが、基本的には古代ローマの暮らしを直接的に記録した観察記録でした。

その一部ではフェンネルの茎や花、パセリの茎を塩や塩水、酢に漬け込んだりアンフォラという取っ手付きのツボに入れて冬用に保存したという記述も明らかになっています。

ペダニウス・ディオスコリデス

大プリニウスと同時期に活躍したペデニウス・ディオスコリデスはローマ軍付きのギリシア人軍医。

彼は35種の動物由来の成分90種の鉱物、そして600種を超える植物について記録を残し、これを『薬物誌』として発表した。

全5巻からなるこの書物は17世紀に入るまでヨーロッパとアラブの薬学及び植物学の基礎とされていたのです。

同書はハーブの識別や名称、利用法についての重要な参考書であり、現在でも受け継がれている。

まとめ

ハーブは現在では医療的な意味合いが強いですが、かつてはもっと包括的な意味合いを持っていました。

ハーブの歴史で欠かせないのは大プリニウスが『博物誌』を、ディオスコリデスが『薬物誌』を記録に残し、後に多大な影響を与えた。

 

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